会社員人生が普通に鬱

仕事に疲れたので長期休暇をもらった。
休めば疲れやストレスが抜けて心晴れるのかなと思ったら全然晴れなかった。
むしろ、奥底に溜まっていた膿が露出してかなり気持ち悪い感じになっている。鬱。

学生時代やりたいこともなく漫然と過ごしていたら勝手に選択するタイミングがやってきてそれで就職を”選んだ”けど、最悪の選択だったのかもしれない。”会社員”のレールで生きる前提で人生を組み立ててしまっている。出世とか昇給とか。道は他にもたくさんあるのに。”会社員の道”があまりにも多様だから会社員人生をメインストリームとして考えてしまっていた。本当にそれがやりたい道なら良いが、自分は適当に決めてしまった。自分が悪い。因果応報。

会社員をやること=「仕事がある状態」が担保されているということ。最初は一心不乱に歯車を回していたが、それが時間の経過とともに「役割」、「責任」、「人間関係」、「会社員としての社会的位置」、など色々なものが堆積し、脱出する身体が中年の肥満男性・女性のように重くなる。こうして「社会で浮かずに生きること」に最適化された人間が完成するのだなと思った。

会社員をやることは全然悪いことじゃない。
仕事があることで、能のない人間が能を取得して、金を得て、食っていけるようになる。金は社会にあるほとんどのものと交換できる。金があることで、自分を幸せにして、家族を幸せにして、他人を幸せにして。会社員が悪いのではなく、やりたくもないのにやっているということが悪い。

自分は会社員をすることに疲れた。会社員のメリットで自分の気持ちを割り切ることができない。
「ある仕事をできるようになる」とか「生まれた仕事をできるようになる」という側にいることが嫌になってしまった。なんで嫌なのかわからない。面白くないと思っている。「仕事を生む」側になりたい。じゃあやればという話なんだけどやる度胸もアイデアもないからこうなっているのかな。自分が哀れ。

ベンチャーに行けば会社員じゃなくなると思った。
でも役員じゃなければ会社員。どの単位の会社に行ってもそう。会社員は「ある仕事をどうにかする」「生まれた仕事をどうにかする」この二択。

会社員をやり切りもせずこういうことをいうことは甘えなのだろうか。

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